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神戸では鉄道事故取材~私の「鉄っちゃん」歴(8)~ [旅行・乗り物]

「東武東上線沿線に引っ越す~私の『鉄っちゃん』歴(7)~」↓から続きます。
http://blog.so-net.ne.jp/lionbass/2006-07-31

1980年代に、転勤のため埼玉の東武東上線沿線から神戸(垂水区)に引っ越しました。
最寄り駅は国鉄(当時)の垂水駅。(および山陽電鉄の垂水駅も)

通勤は、基本的に国鉄の垂水~元町間を利用していました。
自宅(団地)から垂水まではバスで10分ほどでしたが、バスの本数は結構ありました。
電車に乗っている時間は、15~20分程度ですので、通勤時間は45~50分ほど。
やはり、首都圏に比べると快適な通勤でした。

関西在住の方はご存じかと思いますが、東海道・山陽線の京都~大阪~西明石間は、複々線になっています。
いわゆる「急行線」と「緩行線」に分かれているわけですが、普通(各駅停車)と快速は同じ「緩行線」を走り、須磨などで交換(待ち合わせ)をしていました。
各駅停車は103系か201系のブルーの電車。快速は113系の「湘南色」(グリーンとオレンジ)の電車が主力でした。
また、新快速は117系の“全盛期”でした。

神戸ではいわゆる警察担当の記者をしていましたが、鉄道をはじめとする交通機関関係の事故が多発しました。
まず、赴任した直後のゴールデンウィークに、神戸市灘区の阪急六甲駅で、回送電車と通過電車が衝突する事故が発生しました。
神戸高速を経由して阪急六甲まで乗り入れている山陽電鉄の電車が、電車の通過を待たずに引き上げ線に入ろうとしたため、衝突したものです。
一部資料を見ると、70人あまりの乗客がけがをしたそうです。

また、国鉄西明石駅で、上りの寝台特急「富士」がホームに激突するという事故もありました。
線路工事のため、西明石で「急行線」から「緩行線」に入るためポイントを渡る際、制限速度をオーバーしたための事故で、運転手は酒を飲んでいた、という記憶があります。
この事故も、幸い、ホームにぶつかった側が通路になっていて、ベッドは逆側だったため、亡くなった方はいなかったと思います。

さらに、兵庫県内の山陰線・餘部鉄橋からお座敷列車が転落するという大事故もありました。
列車は回送中だったため、乗客に死傷者はなく、機関車は転落しなかったのですが、鉄橋下のカニ加工場にいた人が亡くなっています。


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うまっち

こんにちは!
私の「鉄っちゃん」歴(今のところまでの)全編を読ませてもらいました。
電車との係わり合いは、人生の様々な場面であるものですね~。

私が小学生だった頃、毎年夏休みは、大阪から宮崎の田舎(両親の
実家)へ、寝台特急「彗星」に乗っていたのを思い出しました。
残念ながら、寝台特急「彗星」はなくなってしまいましたが、ホームでの
出会いと別れ、夜中に聴いた汽笛、朝焼けの白い景色、そして、何より
家族との楽しかった時間、どの記憶も心の中では生きております。
by うまっち (2006-08-19 16:43) 

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